注:かなり昔に作ったもので、かなりいい加減に作っているので、固有名詞などかなりいい加減なカタカナ表記になっているのでご注意ください・・・。固有名詞は一応は古アイスランド語のテキストから拾い出しはしていますが、カタカナ表記は・・・。信じないように・・・。


 エイリークの息子達はやっとノルウェイの王国を手に入れた。エイリークの息子達の中での主導権をその時、握っていたのはその時、一番の年長者であったハラルドであった。彼らの母グンヒルドは王母と呼ばれるに相応しく、多大なる影響を及ぼしていた。ノルウェイには有力者や首領達が多くいた。東方の土地を収めるのはトリュッグヴィ・オーラヴソン、ヴェストフォルドはグズレズ・ビャルナルソン、トロンヘイムをラーザのヤールのシグルズを納め、グンヒルドの息子達はミットランドを収めていた。最初の冬にグンヒルドの息子達とトリュッヴィとグズレズの王達の間を使者が行き来した。そしてグンヒルドの息子達は彼らにハーコン王が所有したほど大きな王国を認めたのであった。
 グンヒルドの息子達はハーコン王の最大の敵であったので、ハーコン王を敬愛していたヴィークやトロンヘイムの民のそばにいない方が身の安全が保てると理解し、ほとんどミットランドで過ごした。そして彼らは決してトロンヘイムから税を徴収することができなかった。ヤールのシグルズとグンヒルドの息子達の間を使者達が行き来して、この仲も和解した。ヤールのシグルズはトロンヘイムで莫大な領地を認められた。
 既述のようにグンヒルドの息子達はイングランドでキリスト教を選んだ。しかし彼らはノルウェイをキリスト教化することはできなかった。しかし彼らは足を運んだ場所はどこででも神殿を打ち壊し、供犠を止めさせた。この事から民衆の多大なる敵意が彼らに向けられた。この時期、ノルウェイには小王がたくさんおり、彼らそれぞれが親衛隊を抱えていた。当時の風習として、王は家来にした者から人質として息子を親衛隊に入れ身を守らせたと同時に離れた家来達が裏切れないようにした。抱えた親衛隊を食べさせるために襲撃に出かけたり、農夫達に宴を行わせてそこへ行き食いぶちにありつく宴巡行などが行われた。当然、王の数が増えるだけ親衛隊も増え、それを養うための農夫達の負担が大きくなるのであった。不幸なことにエイリークの息子達が統治したその頃、季節は悪く不作であった。王達にかかる経費はずっしり農夫達を苦しめていた。その上、彼らは欲深く、ハーコン王が制定した法は自らに都合の良い部分を除いて守らなかった。
 王母グンヒルドと息子達はしばしばこの国の統治について話し合いを持った。
「あんたたちは本当に不甲斐ないね。お前達は王の称号を持っているんだろ、ご先祖様のようにね。だがあんた達はご先祖様とは違って、ちっぽけな土地とわずかな家来しかいないね。あんた達が分けるにはこの国は小さすぎるよ。東ではトリュッグヴィとグズレズがヴィークを保持し、彼らは王として正当なる権利を持っているから手出しはできない。しかーし、トロンヘイムはどうだい。ヤールが持つには大きすぎるよ。たかだかヤールごときにあんな立派な領地はいらない。おかしいじゃないか。なんであんた達は家来達を喰わせるために毎度毎度夏になったらよその国を襲撃して収入を得なくてはいけないんだい。あの土地はお前達のご先祖様の土地なんだよ。」と王母は机をがんがん叩きながら息子達を叱りつけた。
「いやだっておかーちゃん。」とハラルドが口答えするとすかさず
「大体、あんただよ、あんた。祖父ハラルドの名前を受けときながらその不甲斐なさ。トロンヘイムを奪い返すことなんて祖父ハラルドにとってはちょちょいのちょいだよ。お義父様はこの国を1人て手に入れて死ぬまで統治したんだよ。」と立て板に水で息子に言った。
「いやでもおかーちゃん。ヤールのシグルズの首を取るのは子牛の首を取るのとは訳が違うんだよ。ヤールのシグルズは生まれも育ちもいいし、血族も多いし、親切で賢い。もしヤールが俺達の不穏な動きを感じとれば全トロンヘイムの民衆を敵に回すも同然だよ。」とハラルドが答えた。
「仕方ないねぇ、じゃぁ他の手だてを考えようじゃないか。」と王母は違う企みを考えた。
 ヤールのシグルズの弟はグリョートガルズで、彼は若くてそれゆえ栄誉はまだほとんど受けていなかった。彼には従者がおり、夏にはヴァイキング行きを行って収入を手に入れていたが、彼にはヤールの称号はなかった。ハラルド王はトロンヘイムのヤールのシグルズに贈り物と友情の言葉を持たせて家来を送りだした。ヤールのシグルズは伝言と王の友情を十分に受けとめた。
「しかし私には多くの仕事がある。私は王のもとへ行くことはできない。しかし王の友情に感謝して贈り物を貴殿らにたくそう。」とシグルズが言った。
使者達はその足でグリョートガルズを訊ねた。そしてヤールのシグルズに伝えた事と同じことを彼に伝えた。グリョートガルズは王を訊ねることを約束し、約束の日に彼はハラルド王と王母グンヒルドを訪ねた。彼らはグリョートガルズを大歓迎し、秘密の話し合いに彼を誘った。彼らはグリョートガルズを煽るだけ煽って、もしヤールのシグルズの首を取れば、彼にヤールの称号とシグルズが現在保持している領土を与えると約束した。この後、グリョートガルズは王から十分な贈り物を手に入れて帰路についた。
 その秋にヤールのシグルズはスティョーラダルに向かい、そこで宴巡行を行っていた。そこからエグローに向かい、宴に興じていた。ヤールは王達に警戒していつもはたくさんの家来を連れていたのだが、ハラルド王と和解したために家来の数を減らして安心していた。そしてこれを好機と見たハラルド王はグリョートガルズに伝言を送り、ハラルド王とエルリング王はすぐさまその晩にトロンヘイムに向かった。彼らは4隻の船で星明かりの下、航行した。グリョートガルズが合流し、彼らはヤールを館ごと焼き払った。これはハーコン王の死から2年後であった。
 ヤールのシグルズの息子のハーコンはこの事件を知った時、トロンヘイムにいた。すぐにトロンヘイム中から兵を集め、グンヒルドの息子達を倒さんと蜂起した。これを知ったグンヒルドの息子達は南のラウムスダルと南メーラに向かった。両軍は互いに睨み合った。この後、3年間グンヒルドの息子達はトロンヘイムに徴税にこなかった。ヤールのハーコンとグンヒルドの息子達は何度も戦を行った。そして決着もつかずただ兵を削るだけの戦いであった。しかし農夫達がこの戦いに疲れ果て、ヤールのハーコンとグンヒルドの息子達の仲を取り持った。ヤールのハーコンは父シグルズが所有した領土を保持し、王達はハーコン王が保持していた領土を持つという同意がなされた。ヤールのハーコンとグンヒルドの息子達の間は表面的には友情が結ばれたと思われた。しかし裏では互いに相手の動向を探るというものであった。こうして3年の月日が流れた。
 ハラルド王と弟王達はほとんどヘルザランドとロガランドで過ごしていた。時折、彼らはハルザングで過ごしていた。ある夏のこと、アイスランドから交易船がやって来た。そこには毛皮が積まれ、たくさんの人々が行き交うハルザングに商売にやって来た。しかし彼らの商売はさっぱりであった。そして商人の舵手がハラルド王の旧知の友であったので王を訪ねた。
「毛皮がさっぱり売れないんで困っております。」と彼が王に相談した。
「どれ、私がそこへ行こうじゃないか。」とハラルド王は言った。
ハラルド王は親切でとても誠実な者であった。そこへ彼はたくさんの家来達を引き連れて船で向かった。王は彼らの天幕へ向かった。
「灰色の毛皮を一つくれぬか。」とハラルド王が言った。
「有り難うございます。他には如何でしょうか。」と舵手が言った。
ハラルド王の家来達もそれぞれ毛皮を購入した。数日して希望者の半分も購入できないほど彼らの商売は繁盛した。こうしてハラルド王の毛皮ファッションが流行したかどうかは判らないが、ハラルド灰色外套王の名前がこの一件から由来するのである。
 ヤールのハーコンはある冬にオプランドに宴の接待を受けに出た。そこで身分の低い女性と寝て、彼女は1人の少年を生んだ。彼はエイリークと名付けられた。母は少年をヤールのハーコンのもとへ連れていったが、ヤールは少年をメザルダルの「賢者の」ソルレイヴに託した。エイリークはすぐに将来有望な者に成長し、容姿もよく強く大きく育った。しかしヤールは彼にほどんど愛情をかけなかった。ハーコン自身もまたとても容姿がよく、力強くは放さず、武勇は優れ、賢く、大戦士であった。
 ある秋にヤールのハーコンはオプランドに向かい、ヘイズメルクに向かった。そこで彼はトリュッグィ・オーラヴソンとグズレズ・ビャルナルソン、「ダラの」グズブランドと出会った。彼らは長く話し合いを行った。彼らは友情を約束して別れた。これをグンヒルドと息子達が効き知った。彼女達は彼らが反逆を企てたのではないかと危ぶんだ。
 ハラルド王とグズレズ王は夏になるといつものように西方にヴァイキング行きに出ようとしていた。彼らは船を引き出して出発のエールを飲んでいた。やや飲み過ぎてしまい、酔っぱらった彼らは互いの軍を比較しあった。そしてついには武器を持ち出して決着をつけようとしたが、ほとんど酒を飲まなかった賢明な者達が仲を割った。両軍は共に行く望みはなく、グズレズ王軍は陸沿いに船を出し、ハラルド王軍は大洋に出て西方に向かった。グズレズ王はヴィークに向かい、オスロフィヨルドを東方に横切った。その時、彼はトリュッグィ王に合流しにくるように使者を送り出した。トリュッグィ王は快く受けた。彼はグズレズ王がほとんど家来を連れていないと聞いたので、たった1隻で彼は向かった。彼らはヴェッギンそばのソータンで合流した。しかしその時、グズレズ王の家来達がトリュッグィ王と12人の家来達を殺害した。
 ハラルド王は外洋の航路を取り、ヴィークに向かった。その晩にツーンスベルグに到着し、グズレズ・ビャルナルソンがそう遠くない所で宴に興じていると聞き知った。そしてい彼らはそこへ向かい館を取り囲み、グズレズ王とその家来達を殺害した。この後、ハラルド王は弟のグズレズ王と合流し、彼らはヴィーク全体を支配下にした。
 グズレズ・ビャルナルソンにはハラルドという息子がいた。彼はグレンランドの首領の「白の」ローアに育てられた。ローアの息子は「遠征者の」ラニで、彼とハラルドはほぼ同じ歳で乳兄弟であった。父の死後、ハラルドは「グレンランド人の」というあだ名がついた。「グレンランド人の」ハラルドは父グズレズの死後、乳兄弟のラニや数名の家来達と共にオプランドに逃げ込んだ。
 グンヒルドの息子達は最大の敵になりうる者達を探し出していた。「グレンランド人の」ハラルドはスウェーデンに向かった。スウェーデンには「戦の」トースティという者がいた。彼は称号を持たぬ者の仲では最大級の権力を保持していた。「グレンランド人の」ハラルドはトースティとヴァイキングの襲撃に出かけ、彼のもとで過ごした。トースティの娘はシグリーズといい、彼女は若くて美しく非常に大胆な考えの持ち主であった。彼女は後にスウェーデン王エイリーク常勝王に嫁ぎ、その息子はオーラヴである。エイリークはウプサラの寝床で息を引き取り、それはステュールビェルンの死後10年冬目のことであった。
 グンヒルドの息子達はヴィークから大軍隊を引き出して北上した。彼らは全州から徴兵と徴船を行い、ヤールのハーコンを倒しに行こうとしていると言われた。ヤールのハーコンは徴兵し、戦いに備えた。彼は南のメーラに向かった。家来をグンヒルドの息子達の動向を探るために偵察に出した。そしてヤールのハーコンは彼らがフィヨルドに入り、スタド布巾で北に向かう良風を待っていると聞いた。ハーコンは外路を通ってデンマークに行き、そこからバルト海に向かい、襲撃した。グンヒルドの息子達はトロンヘイムに行き、そこで長らく滞在して徴税を行った。夏の終わりに「奴隷商人の」シグルズとグズレズがそこに留まったが、ハラルド灰色外套王とそれ以外の弟達はヴィークに向かった。
 秋にヤールのハーコンはヘルシンギャランドに向かい、船を陸に上げた。彼らはヘルシンギャランドとヤムタランドを抜けて行き、キョールを抜けてトロンヘイムに陸路で入った。すぐに彼のもとに人々が集い、彼は船を手に入れてラーザに向かった。グンヒルドの息子達はメーラで過ごしていた。互いに互いを攻撃し合い、両軍に多くの死傷者がでた。
 「灰色外套王の」ハラルドはある夏にビャルマランドの向かい、そこを襲撃し、ヴィーナの岸でビャルミア人達と大きな戦を行った。そこでハラルド灰色外套棟は勝利を収めて、戦利品と手に入れた。
 「奴隷商人の」シグルズ王はホルザ・カーリの息子のスールズの息子のヘルシルのクリップの屋敷に到着した。クリップは不在であったが、その妻のアーロヴが王を歓待した。彼女はアースビョルンの娘で来たのユーラ出身のヤールン・スケッギャの姉妹であった。アースビョルンの兄弟は「太鼓腹振りの」エイナルの父のエインドリズの父のスティルカールの父のレイザルである。夜、「奴隷商人の」シグルズはアーロヴを襲った。王はそれから立ち去った。次ぎの秋にハラルド王とその兄弟のシグルズはヴェルスに行き、農夫達と会合を行った。そのシングで農夫達は武装して王達に刃向かい、彼らを殺害しようとしたが、彼らは逃げ去った。ハラルド王はハルザングに、シグルズ王はアールレクスタジに向かった。そしてヘルシルのクリップはこれを知ると血族を集めて王に向かって行った。クリップは王を剣で刺し殺したが、すぐに「老」エルリングがクリップを殺害した。
 ハラルド灰色外套王と弟のグズレズ王は軍隊を連れてトロンヘイムに向かった。ヤールのハーコンはこれを知るとすぐに軍隊を連れて南のメーラを襲撃した。この時、父方おじのグリョートガルズがそこにおり、彼は領土を守っていた。ヤールのハーコンとグリョートガルズがそこで戦い、グリョートガルズは2名のヤールと共にそこで戦死した。
 この後にヤールのハーコンは海にでて南下した。彼はデンマークに行き、デンマーク王ハラルド・ゴルムソン(ハラルド青歯王)を訪ねた。そこで歓迎を受けてその冬はそこで過ごした。そこにはもう1人ハラルドという王がいた。彼はクヌート・ゴルムソンの息子でハラルド青歯王のおいであった。彼は最近、ヴァイキング行きから戻ってきた。相当に長い間、彼は襲撃に時間を費やしていたので、莫大な財産を手に入れており、それゆえ彼は「黄金の」ハラルドと呼ばれていた。彼はデンマーク王になる権利を保持していた。
 ハラルド灰色外套王とその弟達はトロンヘイムに軍隊を連れて行き、無抵抗のまま徴税した。ヤールのハーコンが権力を碑持したこの地に住み着き、今まで税を支払わなかった農夫達に莫大な罰金を課した。その秋にハラルド王はエルリング王にトロンヘイムをまかせて南下した。農夫達は不満を覚え、冬に集い宴の接待を受けているエルリング王を殺害した。
 グンヒルドの息子達がノルウェイを統治している間は季節も悪く、食糧が不足し、ろくな事がなかった。魚の数も減り、ふんだりけったりであった。ハロガランドは特に酷く、夏の中旬にまで根雪が残り、生活は厳しかった。