注:かなり昔に作ったもので、かなりいい加減に作っているので、固有名詞などかなりいい加減なカタカナ表記になっているのでご注意ください・・・。固有名詞は一応は古アイスランド語のテキストから拾い出しはしていますが、カタカナ表記は・・・。信じないように・・・。

 ユール後にマグヌスはホルムガルズからアルデイギャボルグに下った。そして春になり氷がとけ始めた頃に船の準備をしてスウェーデンに向かった。マグヌスはスウェーデンに入るとシグチューナに向かった。この当時、スウェーデン王はエムンド・オーラヴソンであった。そしてそこには彼の義母のアーストリーズがスウェーデンにおり、彼は義母を訊ねた。アーストリーズ妃は彼を歓迎して、シングを開催して、民衆に彼を紹介した。
「彼こそは聖オーラヴの息子のマグヌスです。彼は父王の相続を求めてノルウェイに向かいます。ご承知のように私は彼の養母です。それゆえ私は彼のノルウェイ行きにつき従います。そして彼に従い、彼と友情を結ぶ者は大きな力を得ることになるでしょう。私は彼への援助は惜しまないつもりです。」と彼女は民衆の援助を求めた。
「しかしなぁ。わしらはなぁ、先王オーラヴに従ってろくな目にあっとらんからなぁ。こんな損な旅に従うのは二の足を踏むなぁ。」と皆が気のない返事をした。
「勇敢な者はこの旅を恐れはせぬはずです。親族や血族を失った者、屈辱を受けた者はこの旅に従う事は男らしい所行ではないのでしょうかしら。」と彼女は言い返した。
こうしてアーストリーズの熱心な演説もあって、群衆はマグヌスに従いノルウェイに向かうことになったのである。
 マグヌス一行はシグチューナから出発した。その旅にはスウェーデン人が彼に与えた多くの従者も多く従った。彼らはスウェーデンを抜けてノルウェイを北上した。彼は行った所はどこででも歓迎されたのである。そしてスヴェイン王の家来達が聖オーラヴ王の嫡子が近づいてくると聞くと、彼らはすぐさま逃げ出した。そしてマグヌスを不利にするような者はいなかったのである。その時、スヴェイン王は国の南にいた。
 マグヌスはカウパングに入り、エイラシングの開催を要求した。そして民衆がそのシングに来た時、彼はこの国の王として認められたのである。その後、彼は親衛隊を手に入れ、地主達を選出した。彼はこうして管理地に管理人と土地管理人を任命した。その秋に彼はトロンヘイムから徴兵を行い、この軍隊で南に向かった。
 スヴェイン・アールヴィーヴソン王は南ヘルザランドにいた。彼はすぐに民衆を集めて、シングを行った。しかし農夫達は誰も彼に従ってマグヌスと戦うことを快く思わなかった。一部の者はマグヌスと合流する用意があるとも言った。そして王はこの地の者達の助けは叶わないと考えたので、彼は違う所で援助を受けようと考えたのであった。そして彼らは快く受け入れられるデンマークに向かった。そして彼はホルザ・クヌートに会った。彼はスヴェイン脳にデンマークを共同統治するようにと申し出て、スヴェインはそれを受け入れた。
 秋にマグヌスは東の果てまで進み、どこででも彼は王として選出された。同じ秋、「強者の」クヌートはイングランドで11月13日に崩御し、ウィンチェスターに埋葬された。彼は27年間デンマーク王であり、24年間デンマークとイングランドの王で、7年間ノルウェイの王であった。クヌートの息子のハロルドはそれからイングランド王になった。同じ秋にスヴェイン・アールヴィーヴソンはデンマークで息を引き取った。この冬、マグヌス王はノルウェイを統治し、ホルザ・クヌートはデンマークにいた。
 春になると両王は徴兵し、エルヴで会戦すると公言した。しかし両王がまだ未熟であったため、彼らを援助していた有力者達が両者の仲を取り持ち、会合が手配された。両王は若いし、調停を結んだ。その条約というのは、両王が生存する限り、互いの国を脅かすことはせず、どちらかが死んだ時、生きている者が2つの国を手に入れるというものであった。そして12名の両王国の最高権威者達が証人としてこの条約は取り決められた。そしてこの約束は破られることなく守られたのであった。
 聖オーラヴ王の妻のアーストリーズは継子マグヌス王に従ってノルウェイ中を従い、栄誉をもって彼女は迎えれれていた。そしてマグヌスの実母アールヴヒルドも彼の宮廷にやってきた。そしてマグヌス王は実母を歓迎し、彼女に栄誉を与えた。そしていつもながらのように彼女はだんだんと傲慢になり、常にアーストリーズより上位に立とうと欲した。アーストリーズが彼女よりやや栄光があったことが疎ましく思っていたのである。アールヴヒルドは聖オーラヴの時代、ノルウェイ妃の地位にいたため、アーストリーズを「侍女」と呼んだのである。アーストリーズも彼女と同じ席に着くことを望まなかった。
 マグヌス王は聖遺物入れを作らせた。黄金と銀で飾り、高価な宝石をはめ込んだ。そしてその中に聖オーラヴ王の聖遺骸を入れた。この聖遺物入れの前でたくさんの奇跡が起こったと言われている。そしてノルウェイ全土で聖オーラヴ王の祝日を守る法が制定された。この祝日は神聖なものとして大いに守られたのである。
 「犬の」ソールはオーラヴ王の死後、しばらく国を離れていた。彼はエルサレムに行き、二度と国に戻らなかったといわれている。彼の息子はシグルズである。その子供はビャルケイのヴィズクン、「犬の」シグルズ、エルリング、ヤルズスルーズである。
 ティョッタのハーレクはマグヌスがノルウェイで王になるまで、屋敷で過ごしていた。ハーレクはすぐにマグヌス王のおるトロンヘイムに向かった。この時、アースムンド・グランケルソンは王に仕えていた。そしてハーレクが船から降りてニダロスひ入った。その時、アースムンドは王と一緒にバルコニーで立っていた。彼らはハーレクを見つけた。
「彼は我が父の殺害を償うべきです。」とアースムンドが王に入った。
彼は小さな斧を握りしめていた。王はその斧より大きい斧を彼に手渡した。アースムンドはハーレクに襲いかかり、頭を攻撃して殺害した。この後、王は彼にハーロガランドの地区を与えた。そしてこの後、アースムンドとハーレクの息子達の闘争が当然のように続くのである。
 当初、カールヴ・アールナソンはたくさんの権力を保持していた。しかしカールヴがスティクラスタズの戦で聖オーラヴにどんなことをしたかということをマグヌスに思い出させる者達がいた。そしてしばらくしてマグヌス王はヴェルダルのハウグの宴にいた。王が食卓についていた時、片側にカールヴ・アールナソンが座り、反対側に「太鼓腹振りの」エイナルが座っていた。それから誰が見ても王が不機嫌にエイナルに話しかけたのである。
「エイナル、今日、私と共にスティクラスタズに行くのだ。そしてそこで何が起こったか私に語れ。」
「そのことについて私は閣下のお役には立ちません。それは養父カールヴと向かわれるのがいいでしょう。」とエイナルは答えた。
「カールヴ、お前は私に従ってついてくるのだな。」と王がカールヴに言った。
カールヴがそれに従わなかったため、王は彼に従うように命令した。カールヴはすぐに仕度を整え、自身の奴隷を呼び寄せた。
「先にエッゲに馬で行け。そして私のフスカールに財産を持ち出して日没までに船に積み込むようにと伝えるのだ。」
そして王とカールヴはスティクラスタズに馬で向かった。馬から降りて、戦の中心にまで歩いていった。
「父が倒れたのはどこだ。」と王はカールヴに言った。
「ここです。」とカールヴは槍の先で岩を示して言った。
「その時、お前はどこにいた。」
「今まさに立っている場所です。」
「ということはお前の斧は父に届いたのだな。」とマグヌス王は真っ赤になって言った。
「とんでもない、私の斧は王には届きませんでした。」とカールヴは答えた。
そしてマグヌス王は馬にまたがり帰路に着いた。カールヴはエッゲに向かい、準備していた船に乗り込んで西方に向かい、ヴァイキング行為をして長らく西方に留まっていた。
 マグヌス王はルートが所有したヴィッグ、ソルゲイルが所有したクヴィストスタズ、そしてエッゲとカールヴが残した物全てを手に入れたのである。そしてスティクラスタズで戦死した者の財産も手に入れた。彼は聖オーラヴ王に刃向かった者達に重罰を課し、国外追放や罰金課すという事を行った。そしてマグヌス王は家臣のためにそれらの者達がら家畜を取り上げて振る舞ったのである。そして農夫達はこの王の行いを非難して、彼らの内で話し合いを行った。
「何をかんがえとるんだ、あの若造は。ハーコン善王が制定した法を踏みにじっておる。若造は知らんようだな。わしらに圧力をかけた王がどんな目にあったかを。どーれ、若造にお仕置きをするだ。」
こんな不満が至る所で耳にされることになった。王の友人達はこれらの不穏に気付き、会合を行った。彼らは王に民衆の不満を王に訴え者を決めるためにくじ引きをした。
「げ、わしかよ。」
貧乏くじを引いたのはスカルドのシグヴァトである。
 シグヴァトはスカルドらしく詩を歌い、民衆の不満を王に伝えた。長々と長い詩を読んだのである。さすがにこの長い詩に王は考えさせられ、王は見識者を呼び寄せ、助言を受けた。そしてこの後に彼はかの有名な「灰色の鵞鳥(グラーガース)」法を制定したのである。マグヌス王はそれからよき王となり、民衆のよき友となった。そしてこの国の民全てから愛され、「善王」マグヌスと呼ばれるようになった。
 イングランド王ハロルドは父「強い」クヌートが没して5年後に亡くなり、父と同じくウィンチェスターに埋葬された。この後にイングランド王国はハロルドの兄弟で大クヌートの息子であるホルザ・クヌートが引き継いだ。彼は2年間、デンマークとイングランドの両国を統治した。彼はイングランドの病床で息を引き取った。彼もまたウィンチェスターに埋葬された。彼の死後、エドワード懺悔王がイングランド王になった。
 マグヌス王はホルザ・クヌートが死んだと聞くとすぐにデンマークに家来を派遣した。彼は条約に従ってデンマークを手に入れるために軍隊を連れてデンマークに向かうと伝えさせた。マグヌス王は70席の船を所有し、そして聖オーラヴが建造した30漕手席の「野牛」を所有していた。彼はユトランドに向かった。そしてマグヌス王がデンマークに到着すると、歓迎され、シングを行った。民衆は条約を知っていた上に、クヌートの子孫がいないことも理解し、彼の父の聖オーラヴの奇跡を数々知っていたのでこれに逆らわなかった。
 スヴェインという男がいた。彼はソルギルスの息子のヤールのウールヴの息子であった。母はスヴェイン二叉髭王の娘のアーストリーズである。彼はデンマーク王家ともスウェーデン王家とも血縁があった。彼は父のヤールのウールヴが死んでから血族のスウェーデンの王達のもとで過ごしていた。彼は体も大きく、武勇に優れ、賢かった。彼はエルヴに停泊したマグヌス王を訊ね、王は彼を歓迎したのである。スヴェインはたくさんの者達と友であったので、自らが置かれた胸中を王に相談した。そして彼はマグヌス王の家来となったのである。
 ある日、マグヌス王は玉座に座っていた。彼の周りにはたくさんの者達がいた。スヴェイン・ウールヴソンは王の前の踏み台に座っていた。その時、王が口を開いた。
「ここに1人の者がいる。家柄も人柄も優れているものだ。彼こそスヴェイン・ウールヴソンである。彼は今や我が家臣となり忠誠を誓った。そして今、デンマークには領主が不在である。ヴェンド、クール、ザクセンは皆デンマークを狙っている。彼こそ、デンマークを守護する領主となるに相応しいものであると私は考えている。私は彼をヤールに任命し、私がデンマークを離れている時、善権利を彼に委ねよう。」と王は言った。
そしてスヴェインは聖遺物入れの上に手を置いて誓いを立てて、ヤールになったのである。その後、スヴェインはすぐにデンマークに向かい、歓迎を受けた。彼はすぐに親衛隊を抱え、どんどんと友を作っていった。
 マグヌス王はノルウェイに向かい、冬をそこで過ごした。春になると軍隊を連れてデンマークに向かった。そして彼はヨムスヴァイキングのヴェンド人達が彼への忠誠を破ったとの話を聞き入れた。これを聞くとすぐにマグヌス王はヨムスボルグに向かい、要塞を落とした。そこで多くの者達を殺害し、焼き払い、ヨムスボルグを落とした。この後で彼はデンマークに戻った。彼はデンマーク軍とノルウェイから彼に従った者達に暇と与えた。
 スヴェイン・ウールヴソンがデンマークを支配し、たくさんの者達を抱え込んでいたので、彼は「王」のように振る舞っていた。自ら「王」と呼んでいたのである。しかし彼はマグヌス王が来るとしるとスカニアに向かい、血族のいるスウェーデン王エムンドを頼って行った。彼は夏をそこで過ごし、一方、偵察隊をマグヌスの動向を探らせるために送り出した。そしてスヴェインはマグヌス王が軍に暇を与えて軍隊を解散したと知った。彼はスカニアへ下り、スカニアの民から歓迎を受けて、彼を王として選んだ。そして彼はたくさんの人を抱え込んでシェラン島を声、フューン島に向かった。島々を制圧したのである。
 マグヌス王はスヴェインの動きを知ったのと時同じくしてヴェンド人達が軍隊を達上げたとの報告を受けた。この後にマグヌス王は徴兵し、ザクセンのオットー公が彼を訪ねてきた。彼は聖オーラヴの娘でマグヌス王の姉妹のウールヴヒルドを妻にしていた。オットーは大軍を抱えていた。デーン人達はヴェンド人と戦うようにと王に言った。王軍がスコトボルグ川で停泊していた時、数え切れない程のヴェンド人の軍隊が集結していると報告を受けた。そしてマグヌス王は逃げる他なかったのであるが、家来達が望むのであれば戦いたいと望んだ。しかし家来達はヴェンド軍は強く、戦は困難であると王に言った。しかしオットー公は戦を強く望んでいた。それから王は兵士に武装するように命じた。夜、ヴェンド軍が近くにいたため、彼らは盾を立てて陣形を守った。そしてマグヌス王は夜の間、ほとんど寝ずに祈りを唱えていた。
 次ぎの日は聖ミカエル祭の前日であった。そして夜明け頃、王は眠りについた。そして彼は夢を見た。父聖オーラヴが彼の目前に立ったのである。
「お前は苦しんでいる。恐怖に満たされている。だがお前は異教徒(ヴェンド人)の軍勢を恐れることはない。たとえ奴等がたくさんいようともだ。私はこの戦、お前と共に行こう。お前が我が角笛の音を聞いた時、ヴェンド人達と戦う仕度をするのだ。」
そしてマグヌス王は目を覚ました。この夢を伝えた。そして日が昇り、全群衆が鐘の音が響くのを聞いた。ニザロスにいたマグヌス王の家来達はオーラヴ王がトロンヘイムの聖クレメント教会に贈った「喜び」という名の鐘が響いているかのように感じたのである。
「戦の角笛を吹くのだ。戦の開始だ。」とマグヌス王が叫んだ。
それと同時にヴェンド軍が川を越えて向かってきた。マグヌス王軍は激しく迎撃した。マグヌス王はチェーンメールを脱ぎ捨て、赤い絹のシャツで戦った。彼は聖オーラヴが所有した「冥府」という斧を手に取った。マグヌス王は最前線で戦い、両手でどんどん攻撃した。この戦は短かった。王軍が激しかったのでヴェンド人はどんどんと倒れていった。ヴェンド軍には最悪の死傷者が出たが、マグヌス王軍には負傷者は多くいたものの、死者は少なかったのである。しかし医者が必要な数だけいなかった。王は家来達の手を握ってその感触を確かめて、医者を選出した。12名の最も手の柔らかい相応しい者達が選び出された。彼らは今まで傷の手当をしたことはなかったが、誰もが名医になったのである。そこにいた2名から後に多くの名医が誕生するのである。
 この戦の後、聖オーラヴの奇跡はまた話題となり、そしてその上に誰もマグヌス王と戦う必要がなくなったとささやかれたのである。それは彼の傍らには聖オーラヴがいると考えられたからであった。
 マグヌス王はすぐにスヴェインに矛先を変えた。両者とも大きな軍隊を整えた。彼らはレーのヴェストランドで戦を交えた。それはマグヌス王の勝利で終わった。スヴェインは逃げだし、スカニアまで逃げ去った。マグヌス王はユトランドに行き、スヴェインに備えた。
 スヴェインすぐにシェラン島とフェーン島を抜けてリムフィヨルドに入り、多くの者達を抱え込んだ。スヴェインに従わなかった者達はマグヌス王に助けを求めに行った。すぐにマグヌス王はスヴェインとの戦の準備を整え、向かっていった。両軍が出会うとすぐに激しい戦になった。船首で激しい衝突が起こった。マグヌス王は盾の壁の中にいた。しかしそれに我慢できず王は壁から躍りでて船首に突撃した。そしてマグヌス王とその従者達はスヴェインの船に乗り込み、激しく進んだので、スヴェインは退却した。そしてマグヌス王は7席の船をスヴェンから手に入れたのである。夜になるとスヴェインはシェラン島まで逃げた。一方、マグヌス王は家来達に上陸を命じた。
 マグヌス王はスヴェインを追ってシェラン島に向かった。そして到着するとすぐに上陸して、刃向かう者達を次々と倒した。スヴェインはフェーン島に逃れた。マグヌス王はそのことを知るとすぐにフェーン島に向かった。しかしスヴェインはすぐにスカニアに向かった。こうしてマグヌス王はデンマークを再び支配下にし、全民衆はマグヌス王に服従した。それから残された冬は平和であった。そして春になると彼はノルウェイに向かい、夏はそこで過ごした。
 そしてスヴェインがこれを知るとすぐにスカニアまで下りていった。彼はスウェーデンから大軍隊を得ていたのである。スカニアの者達は彼を歓迎し、そしてより多くの家来を手に入れた。この後、彼は性懲りもなくフェーン島やそれ以外の島々を制圧した。またまたマグヌス王がこれに立ち向かい、デンマークに向かった。彼らはヘルガネスという場所で戦を交えた。マグヌス王は兵の数で劣っていたが、船団は大きく、より整っていた。その戦も激しく、夜が明けるまでにたくさんの戦死者がでた。マグヌス王は一晩中、矢を打っていた。この戦もスヴェインの敗走で集結したのである。再び、スヴェインはスカニアに逃れた。マグヌス王軍はその後を追い、スヴェインに従った者達の領土に火を付けた。スヴェインはスカニアから東に逃亡した。マグヌス王は船に戻り、岸に沿って東に向かおうと仕度を整えた。スヴェインはガウトランドに逃げ込んで、スウェーデン王を頼り、そこでぬくぬくと過ごしたのである。
 マグヌス王はスカニアを征服すると、方向をフラスタに転じた。そこを襲撃し、スヴェインに服従していた者達を殺害した。この後、彼はフェーン島まで向かい、そこを襲撃してたくさんの戦利品を手に入れた。
 マグヌス王はその冬はデンマークで過ごし、その時、デンマークは平和であった。彼はデンマークで多くの戦を行い、全勝した。今やマグヌス王はデンマークとノルウェイの両国を支配していたのである。彼はこの頃、イングランドに使者を送り出し、エドワード王に新書を渡した。それはホルザ・クヌート王との間で交わした条約についてである。彼はヘルザ・クヌートの領土であったイングランドを正当な継承者としてエドワード王にイングランド王国を要求したのである。もし従わなければノルウェイ・デンマーク連合軍でイングランドで向かうとつけ加えていた。
 しかしエドワード王はそんなことには屈しなかった。彼は国民から選出され、正当なるイングランド王であると自信を持っていた。そして使者達に国を放棄する意志がないことをきっぱりと伝えた。マグヌス王は使者の報告を受け、エドワード王がイングランドを守り、自らはデンマーク・ノルウェイの両国を守ることが神に与えられた使命であると理解した。