


ヴォルスンガ・サガ
〜一族の始まりからシグムンドの誕生まで〜
オーディンの後裔シーゲは殺人のため国を追われ、ヴァイキングに出、やがて自分の武器で一つの国を手に入れた。
シーゲの息子レリールは結婚後、子供がいないのを悲しみオーディンに訴えると、神はワルキュリエのリョッドに林檎を与えて派遣し、王レリールの膝の上にそれを落とす。林檎の意味を理解した王は、それを半々にして自分と妃で食べると、程なく妃は懐妊した。
だが、子供はなかなか生まれてこず、そうこうするうちに妃は自分が病気に冒されていることを知る。最後の手段として自分の腹を断ち割って、赤ん坊を救出することを命じる彼女。絶命する直前、生まれたばかりの子供ヴォルスングは、母に別れのキスをした。
ヴォルスングは成人すると、自分の誕生に関わったワルキュリエのリョッドを妻に迎えた。二人の間に十二人の子供が出来るが、最初の子供は双子の兄妹だった。
双子のうち妹のシグニイは、ゴート国のシッゲイルと婚約する。だが、この結婚は一族のためにならないという予感がして、彼女の気は進まない。ヴォルスングは強大な国の婚約者に「否」を言うことを望まず、結婚式は盛大に行われた。
その夜の祝宴の最中、一人の男に身を変えたオーディンが現れ、広間の中央に生える樫の木に剣を突き立てる。
「この剣を抜いた者は、贈物としてそれを受け取れ。受け取った者は、これに勝る剣が無いことを知るだろう。」
この言葉に広間にいる男達は争って引き抜こうとするが、誰にも剣は動かせない。そこにシグニイの兄、シグムンドが現れ剣に手を掛けると、名剣グラニは苦も無く彼の手に収まった。
剣を欲したシッゲイルは、その重さ分の黄金をやるから剣を譲ってくれと言う。だがシグムンドは、この剣を持つだけの力を備えていれば君にも引き抜けていたはずだとそれを断る。シッゲイルはこれを恨みヴォルスング一族を倒そうとする決意をするが、表向きはただ満足そうな花婿を演じていた。彼の腹黒さを感じ取っていたのは、花嫁のシグニイだけ。
シグニイがゴート国へ嫁ぎ三ヶ月が過ぎた頃、シッゲイルの招待を受けてヴォルスングとその息子達がやって来た。シグニイは、これは自分の夫が立てた計略だと退却を勧めるが、ヴォルスングは手勢の戦士だけで戦うことを選び、彼女を夫の下へ帰す。戦いは計略どおりに行われ、ヴォルスングは仆れ、息子達はすべて捕まった。
何としてでも兄弟達を助け出したいシグニイは、彼等をすぐには殺さずに、しばらく杭に繋いだままにしておいてくれとシッゲイルに頼み込む。シッゲイルは、ヴォルスングの息子達がじわじわ死んでゆくのを見るのは面白いことだと、それを許可した。
シグニイの読みは外れた。森に場所を移された兄弟達は、夜な夜な牝狼の餌食となって一人ずつ殺されていったのだ。最後の日、残るのはシグムンドのみ。その時シグニイは思い付き、従者に蜂蜜の塊を手渡した。これをシグムンドになすり付け、塊を口の中に押し込むよう、密かに命じる。
夜になると牝狼がやって来て、早速シグムンドに喰らい付こうと口を大きく開けた。だが蜜の匂いに誘われて、彼の顔中を舐め始める。最後に蜜の塊を舐めようとして口の中に舌を入れた途端、待ち構えていたシグムンドがその舌を噛み切った。この牝狼は、シッゲイルの母親が魔法で姿を変えたものだといわれている。
翌朝シグニイ自ら兄の下を訪れて安否を確かめると、彼女は彼を縛る杭を壊して洞窟に匿った。そしてそれから何年もの月日が流れた。
シグニイはシッゲイルとの間に、二人子供を産んだ。それぞれが十歳になった時に、シグムンドの片腕となるように彼の下へ遣わすが、どちらもヴォルスングの復讐を果たすには臆病すぎるとシグムンドに帰されてしまう。シッゲイルの血筋を引く二人の我が子を殺すようシグムンドに忠告したシグニイは、魔女の家に行くと自分の姿を変えてもらった。
別人に成りすました彼女は兄シグムンドの洞窟を訪ね、三日の間そこに滞在して愛を交わした。そして生まれたのがシンフィエトリである。
シンフィエトリはその勇敢さにおいて確かにヴォルスング一族の血を引いていたが、その勇敢さの中にある粗暴さと残忍さが混じっているのにシグムンドは気が付いていた。だが、それが彼の濃すぎる血故にあることなのは、自分が父であるとは気付いていないシグムンドには分からない。ともかくシンフィエトリはシグムンドにより育てられ、シグニイは二人のことを思いながら、復讐の日が来るのをシッゲイルの側で待っていた。
時が満ちた。十分に成長して立派な戦士となったシンフィエトリを引き連れて、シグムンドはシッゲイルの館へ乗り込んできた。だが、多勢に無勢。掴まえられて、二人は隣同士の石室へ入れられてしまう。下男たちがその石室を塞いでしまう隙を見て、シグニイは一束の干し草をシンフィエトリの室に投げ入れた。
夜になり、シンフィエトリが干し草の束を調べると、そこには食料とあの名剣グラニが隠されていた。早速二人はグラニで石室を切り、脱出すると、シッゲイルの館に火を放つ。シグムンドは妹に、一族の元へ帰ろうと呼びかけた。しかしシグニイは一族の復讐のために自分が犯した罪、シンフィエトリの出生の秘密を明かして、館の中へ戻って行く。彼女はそこで、長年連れ添った自分の夫シッゲイルと共に命を果てた。
シンフィエトリと共に故国へ戻ったシグムンドは、一族が不在の間に国を占領していた王達を蹴散らし、ボルグヒルドという妃を迎え、力強くその国を治めた。二人の間には、ヘルギとハームンドという二人の息子が生まれた。シンフィエトリは父シグムンドの治めるフラクランドに落ち着くことは無く、異母弟のヘルギと共に戦に出たり、ヴァイキングに行ったりと、気ままに暮らしていた。そんな或る日、シンフィエトリが一人の女性に恋をした。
彼はその女性に求婚するためにライヴァルの男を殺したが、その男はボルグヒルドの弟だったのだ。怒るボルグヒルドはシンフィエトリの追放を望んだが、彼を失いたくは無いシグムンドは、妻に賠償金を払うことで解決を図った。ボルグヒルドは弟のために盛んな追悼宴を開いて、自ら酒を客達に注いで回った。だが、それは罠だった。
彼女の注ぐ酒には毒が入っている。シンフィエトリはすぐにそれを看破すると、その酒を飲むことを拒否した。シグムンドとヘルギ、ハームンドは毒に効かない体質なので、構わずそれを飲み続ける。三度目にシンフィエトリが拒否したときに、したたか酔っ払ったシグムンドは「そんなものは髭で漉して飲めば良い。」と助言をし、その言葉に覚悟を決めたシンフィエトリは毒杯をあおり、たちまち死んだ。
悲嘆に暮れるシグムンド。継子を毒殺したボルグヒルドを追い出すと、今はただ一人、館に住んだ。
その頃、エイリメという王に美女と名高いヒョルディスという娘がいた。シグムンドは彼女に求婚するべくエイリメ王の許へ出かけたが、そこには彼と同じ目的を持ってやって来たフンディング王の息子リングヴェ王がいた。ヒョルディスは二人のうちのどちらかを選ばなければならず、そして彼女はシグムンドを自分の相手と決めたのだ。面目を潰したリングヴェは帰国後すぐに使いを出し、シグムンドに宣戦を布告した。
戦いが始まった。シグムンドは名剣グラニを持って戦うが、そこにオーディンが現れて、彼の槍グングニルでグラニを折ってしまう。そしてその後、勝負の流れはリングヴェに有利に進んでいった。シグムンドは戦場で傷つき倒れる。ヒョルディスは夜に乗じて彼を助けようとやって来る。だがシグムンドは、オーディンが自ら自分を手に掛けたのは自分の命運が尽きたことを知らせるためだったのだと言って、戦場で息絶えた。彼の死を見届けたヒョルディスに残されたのはグラニのかけらと、自分の腹に宿るシグムンドとの子供だけ。
この場から脱出しようとしたヒョルディスは、デンマーク王の一子アルフに見初められ、彼と再婚することになる。シグムンドとの子供はシグルトと呼ばれ、鍛冶屋レギンに養育される。
* *
この後、シグルトを中心にヴォルスンガ・サガは続きます。彼等の活躍は北欧の世界や他の欧州諸国で長く広く伝わり、ワーグナーのオペラやトールキンの「指輪物語」などに影響を与えました。



