二人の会話

二人の時間


倉沢家にて

「んっ……」
 ちゅ、という湿った音と共に俊成君の唇が離れてゆく。ぼんやりとその濡れた唇を目で追っていたら、彼の指が近付いて私の唇をそっと撫で上げた。
「あず」
「ん?」
「ごめん」
 その言葉に視線を上げると、彼の瞳とかち合う。
「一人で苛付いていた。あずが悪いわけでも、信頼していないわけでもなくて。……ごめん」
 寄せた眉。引き締めた口元。真剣になればなるほど不機嫌そうに見える顔。俊成君を構成するパーツのひとつひとつをじっくりと見つめ、私はゆっくりと頬を寄せた。
「うん」
 もう、いいよ。
 言外にそんな気持ちを漂わせ、彼の首に回した腕の力をちょっとだけ強める。俊成君も応えるように、私の腰に回した腕をきゅっと強くする。俊成君の部屋、ベッドの上。彼の膝に乗っかって、私はこうして甘えていた。
 二人で会える時間はわずかなのに、私たちはその時間を有効的に使えない。さっきみたいに行き違ってケンカをしたり、ぎくしゃくしたり。まわり道をしてばかりだ。だからこそ、こうして仲直りをする時間が大切に思えるのだけれど。
「でも、ビーフシチューの味、分からなかった」
 ふと思い出して、つぶやいた。せっかく楽しみにしていたけれど、食べている最中はそれどころではなかった。そういえばカボチャのプディングも美味しそうだったのに、こちらは食べる前に終わってしまった。
 さっきまでのキスの余韻は次第に消えて、少しずつ頭がはっきりとしてくる。
「ごめん」
 耳元でそう謝る声が聞こえるけれど、自分の心のせいか、なんだか真剣さが感じられない。注意力がどこかに行ってしまった様な声だった。
「本気で謝っている?」
 疑うようにそう言うと、上目遣いで俊成君を見つめる。
「謝っている」
 俊成君はおざなりにうなずいて、私の髪をすくい上げ口付けた。
 何度も繰り返される優しい感触。髪の毛に神経は無いはずなのに、俊成君の手が、唇が触れるたび、私の体がぴくりと反応する。
 一瞬だけはっきりとしていた頭に、また靄がかかってくる。心地よさに、それ以上の文句が言えずに黙ってされるがままになっていた。俊成君は気の済むまで髪の毛をいじると、最後にぽんぽんと私の頭を撫で上げる。
「消毒完了」
「消毒?」
 口に出してから、さっきまでの店内の出来事を思い出した。
「もしかして、ユキ兄に撫でられたの、嫌だった?」
 他に思いつく要因がなくて聞いてみる。
「嫌がらせのつもりでやっているのが分かるから、余計にむかつく」
 憮然とした表情でそう言う俊成君を、ちょっとの間無言で見つめてしまった。
 男の嫉妬なんて、みっともない。
 ユキ兄の言葉が、私の頭の中でぐるぐるする。
「そんなに見るなよ」
 ふてくされたような声でつぶやくと抱きしめられ、それ以上俊成君の表情をうかがうことは出来なくなる。その頃になってようやく私にも照れ臭さがこみ上がり、ついへへっと声に出して笑ってしまった。
 私と俊成君の世界は案外とちっぽけで、私たちを取り巻くのはすべて良く見知った人ばかりだ。お互い普段は離れて生活しているから、会った時はつい二人きりになろうとする。そこに入り込んでこられるのは、家族だったり昔からの友達だったり、身内ばかり。でもその身内にすらむっとする俊成君は、なんだか意外だった。
 生まれてから二十二年。付き合い始めて三年半。お互いを知るには十分な時間だと思っていたけれど、まだまだ私の知らない俊成君がここにいる。
「心、狭いよな」
 いつまでも笑い続ける私の耳に、こんな言葉が聞こえた。
「え?」
「俺の見えないところで、あずが他の男といると思うと、時々無性に腹が立ってくる。もどかしい」
 そんな告白に、顔を上げる。俊成君の表情は相変わらず憮然としていたけれど、その瞳は真っ直ぐ私を見つめていた。
「地元じゃない、他所の大学を選んだのは自分なのにな。自業自得なのに、こうしてかんしゃく起こしている」
 一方的に不機嫌になって、その結果ユキ兄に怒られたせいか、俊成君がなんだか後ろ向きだ。私は迷いつつも、不機嫌になる直前、今日のケンカを引き起こす結果となった話題を蒸し返すことにした。
「圭吾に送ってもらったとき、今度一緒に映画観に行こうって誘われたって言ったでしょ」
「松永と、なんでか勝久もいて二人きりじゃないから行っても良いよね、って話のだろ」
 言いながら、やっぱりまだ面白くなさそうな顔をしている。さっきはここからケンカが始まったんだ。でも、これで話を終わらせたらまた同じだ。
「一緒に行こうってメンバーに圭吾の彼女も入っているの。言いそびれちゃったんだけど。安心して良いよ。あと、なんだったら美佐ちゃんも呼ぼうかな、とか」
 少し早口になりながら新しい情報を追加したら、俊成君がため息をついた。
「本当。心、狭い」
 こつんと、彼のおでこが私の肩に乗った。
「束縛しても仕方ないのにな」
 そんな俊成君を、私からきゅっと抱きしめる。
「束縛なら、とっくにされているよ」
 小さく耳元でささやいて、そのまま体をもたれかけた。
「好きなんだもん。束縛されたいし、私も俊成君のこと束縛したいと思っている。俊成君と同じ。だからね、私のこと信頼して。最初は凄く不安だったけど、こうして三年半やってこれたから。だからどんな人が現れても、多分、大丈夫」
 先のことなんて見えなくて、将来のことを考えるといつでも不安になる。だからお互いの知らない世界に、過敏に反応してしまうのかな。私だって、普段俊成君が他の女の子と仲良くしているって想像したら、やっぱり二人しかいない世界に行きたくなる。
 でも、時間を有効に使えなくても、ケンカして嫌な思いをすることがあっても、こうして私たちは途切れることなくやってこれたから。たまには私たちが過ごした時間を、後ろを振り返ってもいいよね。
 さっき自分がされたようにぽんぽんと頭を撫でたら、俊成君が顔を上げた。そしてそのまま無言でキスをする。
「ん……」
 俊成君の大きな手が私の後頭部に回りこんで、固定された。重ね合わせた唇から舌が入り込む。誘うように絡めるから、素直にゆだねる。舌のざらついた感触がこすれてくすぐったい。そしてそのくすぐったさはすぐにじんと痺れるような快感に変わった。
「あずを抱きたい」
 そっと舌を、唇を離して、俊成君が言った。
「気持ち良くなっていく顔が見たい。声が聞きたい。触りたい。あずといること、実感したい」
 そう宣言する俊成君の瞳が艶を帯びて、ぞくりとする。すでに私の体は力が抜けて、彼の胸板に重心を支えてもらっている状態だ。
「うん。触って。髪の毛だけじゃなくて、いっぱい色んなところ、触って欲しい。俊成君と、気持ちよくなりたい」
 自分の素直な気持ちを伝えたくて、誠意を込めて言っているつもりだったのに、発せられた声は鼻に掛かった甘え声だった。冷静に考えてみると、かなり露骨なおねだりだ。自分の発言の大胆さに後から気が付き、全身が羞恥で火照る。思わず視線を泳がせたら、俊成君がくすりと笑って私の頬に触れた。
「愛している」
 低く響くその言葉に、胸が震えた。

 何度もついばむようなキスをして、すっかり私の力は抜けている。俊成君の首に腕を回しもたれかかっているけれど、正直言ってベッドに横たわりたかった。けれど今日の彼はそれを許してくれず、起こすように私の脇腹を支えていた。
「俊成君」
 控えめに、でも咎める気持ちは隠せずに呼びかける。俊成君はそんな私を軽く流し、服の上から胸の形をなぞるように、手をすくい上げた。
「あん」
 小さく叫んで、上半身を傾ける。
「横座り、辛くないか?」
 このときになって、ようやくそんな事を聞いてきた。
「辛いよ」
 あえぎつつ、むくれながらそう言ったのに、俊成君はなんだか楽しそうだ。まるでちょっとしたいたずらを思いついたときのような、そんな機嫌の良さを感じさせ、警戒心から身構える。
「俺を跨いで」
 どうあっても横たわらせてはくれないらしい。今まで体をひねって俊成君に抱き付いていたのを、跨ぐことで正面から抱きしめることになった。確かに体勢は楽になったけれど、スカートがまくれ上がって、はしたない。
「これで顔が良く見える」
 その言葉に恥ずかしくなって、目を伏せた。でもその視線の先、俊成君の手が伸びて私の胸を揉みしだく。
「ふぅっ、んっ」
 思わず声が漏れて、それを隠すように俊成君の肩に顔をうずめた。
「駄目だよ。見えなくなる」
 顎を持ち上げられ、キスをされた。意識が唇に集中した隙に、またゆっくりと手の動きが再開される。
 横から寄せるように包んだかと思うと、感触を楽しむように指を広げ、全体を揉み上げる。マッサージをされているような心地よさにこちらが油断していると、ふいに人差し指で中心を円くなぞり、最後に頂をぐりっと押しつぶされた。
「やっ、あ、あん!」
 刺激に腰が跳ね上がる。さらに体を密着させるように抱きつくと、私の中心に何かが当たる感触がした。ジーンズ越しに、勃ち上がり形を変えた俊成君のものが、当たっている。びくんとした。
「……えっち」
 瞬間に目が合ってそう言ったけれど、それ以上は耐え切れなくて目をつむる。
 欲望を隠そうとしない、俊成君の瞳。体。そしてそれに素直に反応してしまう自分がここにいる。くすりと笑う気配がして、胸が揉まれ刺激が来る。唇が合わさり、舌が差し入れられた。誘うように突かれて、自ら舌を絡めて行く。俊成君の手はさっきよりも性急に私の胸を揉み上げて、その先端をいじっていた。指の腹で転がすように押しつぶすと、爪で弾くように引っ掻いてくる。洋服越しだというのに、隠しようも無いほどに私の頂は硬くしこっていた。
 自然に私の腰は揺らめいて、俊成君と中心を合わせたまま、そこをこすり付けている。まくれ上がったスカートは、腰の辺りでとどまっていた。
 俊成君は私の上着の中に手を差し入れると、素早くブラジャーのホックを外した。
「ふっ」
 開放感を感じる間もなく、俊成君の指の感触が私の素肌を刺激する。胸への愛撫はもちろんのこと、何気に回された背中への手の動きに、自分でも意外なほどに反応してしまった。
「やぁっ、あっ、なに」
「背中、弱いんだよな」
「知らない」
「そう?」
 証明するように、俊成君が私の背骨に沿ってすっと指で撫で上げた。
「ひゃあっ、あっ、あっ」
 反射的に、びくびくと震える。たまらずにぎゅっと俊成君の頭を抱え込むように抱きしめると、上着をめくられ、直接胸に唇を寄せられた。
「ああっ、俊成君っ」
 切羽詰った声で叫んだら、先端を甘噛みされた。
 目じりに、涙がたまる。俊成君から与えられる刺激のひとつひとつに過敏に反応してどうにかなってしまいそうだった。
 舌で、こねくり回すように頂をしゃぶられ、歯を当てられる。甘噛みのまま固定され、舌でなぶられる。左右交互に与えられるその快感に背筋が伸び、さらにもっととねだるように胸を突き出していた。俊成君の指はそんな私の背骨を辿り、スカートにもぐりこみ、ストッキングをショーツごと下ろして、両手でお尻の丸みをすっぽりと包み込む。
「ふぅっ、んっ、んっ」
 胸にされたようにゆっくりとしたマッサージが続いたかと思うと、指の平を使って撫でられる。すっかり膝立ちになっている私の片足からストッキングとショーツを抜き下ろすと、俊成君は後ろから割れ目に沿って指を滑り込ませてきた。
「あんっ」
 くちゅ。
 水音が響いた。
「や、あ……」
「聞こえた?今の」
 吐息交じりの声が耳元でして、ぴくりとする。
「興奮している?」
「言わないで……」
 羞恥に体が火照り、またあそこから滴る感触がした。興奮、している。そんなのとっくに。
 俊成君は何も言わず、そのまま置かれた指をゆっくり左右に振ってきた。
「ああっ!あん、あんっ」
 切羽詰った私の声と、それでは隠しようの無いぬかるんだ音が、部屋の中響き渡る。
 入り口を、なぞるように辿られる。ほんの浅いところだけ指を入れ、さらに音を引き出すように掻き回す。腰が自然にゆらゆらと揺れ、俊成君の行為に悦ぶ自分をさらしていた。
「はぁっ。あっ、あっ……あっ」
 背中を反らせて突き出した胸は、俊成君の舌でいじられる。俊成君にいい様にされて、一人で気持ちよくなっている気がした。でも回した腕の中、彼の吐息もしだいに荒くなっていくのを聞いて安心する。私だけじゃ駄目。二人で一緒に気持ちよくなりたいから。
 俊成君にももっと直接的に気持ちよくなって欲しかったけれど、今の私は彼にしがみつき、与えてくれる快感を受け止めるのがやっとだ。どんどんと感覚は鋭敏になり、入り口はさらに彼の指を呑み込もうとするようにひくついている。意識がそこだけに集中した途端、今まで私を支えるように腰に添えられていた俊成君の左手がすっと降りた。腹部を辿り下生えを掻き分け、中心でぷっくりと勃ち上がる芽を摘み上げる。
「ああっ!」
 びくんと大きく体が震え、次には弛緩する。もう、しがみつくこともままならず、私はベッドに横たわった。
「あず、凄いよ」
 濡れて糸を引く指を私に見せて、俊成君がささやく。返事も出来ずに目をつむると、唇に彼の唇が触れ合う感触がした。
「洋服、脱ごう」
「……うん」

 裸になった私に、準備を整えた俊成君がゆっくりと覆いかぶさる。一旦ぎゅっと抱きしめられた後、ゆっくりとおでこにキスされ、そこから徐々に下に向かって唇で辿られた。
 耳たぶから、首筋。鎖骨。脇の下。途中でくすぐったくなって笑いながら体を押しのけたら、胸に進路を変えて頂を軽く吸われた。その刺激にのけぞると、反対に俊成君が笑いながらまた唇で辿り始める。おへそをなぞって下生えまで行き着くと、太ももを持ち上げられた。
「あ……」
 彼の吐息が中心に当たる。それだけで感じてしまい、そこがひくつくのが分かった。自分のいやらしさに恥ずかしくなって思わず顔を手で覆ってしまうけど、でも、本当は待ち望んでいる。俊成君が与えてくれる次の刺激を欲していた。
「あずのが、あふれている」
 その言葉にまたびくんとしたら、俊成君の舌が割れ目に入ってきた。
「ああっ!やぁっ」
 ぬるっとして、でもちょっとざらついた舌の感触が、入り口からあふれてくるものをすくい上げる。舌先をさらにその奥に向かって差し入れられ、その振動に悦びを感じる。かと思うと襞を舌でなぞられて、くすぐったい心地よさに力が抜けた。けれどでも、まだいじってもらえていない場所がある。
「んっ、あ、……はぁっ」
 手を伸ばし、俊成君の髪の毛に手を入れて、くしゃっと握った。言葉に出せないお願いを、こんな形で伝えようとしている。
 でもその思いは通じていたようで、次の瞬間、刺激が来た。割れ目の上、充血し勃ち上がり、小さいながらも存在を主張する私の芽に、俊成君の舌がゆっくりと触れる。
「ぃやぁっ」
 待ち望んでいたのに、その刺激の強さに思わず叫ぶ。びくんと腰が跳ねていた。
「きつい?」
「ううん。……いい」
 小さく答えると、彼の笑う気配がして舌の動きが再開された。
 舌で転がすようになぶられる。くすぐるように舌先だけで突かれたかと思うと、次には舌全体を押し付けて小刻みに揺らしてくる。
「あっ、はぁっ、やっ、あっ……あ、あ、ああ……」
 吐き出す息があえぎ声になって、私の口から絶えず漏れていた。指とは違う、その微かにざらついてねっとりとした舌の感触は、私の芽を直接刺激する。快楽を伝える神経が、びりびりとしびれるように私に信号を送っていた。
「んっ、ふっ、あっ、あっ」
 気持ちいいって感覚が高まってゆく。俊成君の与えてくれる、その刺激で頭がいっぱいになる。
「あず」
「え?」
 もう何も考えられなくなって、後もうちょっとで達してしまいそうだったのに、急に刺激が遠のいた。俊成君が上半身を起こし、私の頬をそっと撫でて聞いてくる。
「入れて、いい?」
「……うん」
 戸惑いながらも、素直にうなずく。急に放り出されて、体が中途半端にうずいたままでなんだか変な感じだ。俊成君が覆いかぶさるから、抱きしめて膝を立てる。入り口を探り当て、熱い塊が侵入してきた。
「ふっ。うっ、ん……」
 俊成君しか許していないこの体は、いつでも入り口で少し手こずる。それでも最初の引っ掛かりを乗り越えると、体の中で泡がはじけるように快楽が広がった。
「あ……」
 自分の中が、俊成君を引き込もうとうごめいている。体中に電気が通されたように、びくびくとしてしまった。
 なんだろう。いつもよりも……感じている。
「動かすよ」
 耳元でささやかれるその言葉にも反応し、恥ずかしくて彼の肩に顔をうずめる。
「うん」
 ゆっくりと、俊成君が腰を振ってきた。最初はゆっくりと、確かめるように。舌の直接的な刺激とは違う、体の奥から沸き起こるような気持ちよさ。それを私は貪欲に捉えようとしていた。
 俊成君の一部が自分の中に入り込み、一つになる。そう思うと、普段彼の不在で感じている不安とか寂しさとか、そんな欠けた思いが一気に満たされていった。体の快楽と心の充足が、直結している。
 でも、
「んっ」
 彼の動きにあわせて少しずつ集中してきているのに、与えられる刺激は一定で、しだいに物足りなさを感じていた。高まる波は近付いてきているのに、それに乗ることが出来ない。後もうちょっとでいきそうなのに、最後のところではぐらかされる。置き火がくすぶるようなもどかしさに、私はつむっていた目をさらにぎゅっと閉じ、眉を寄せた。
 さっきまでの、中途半端に放り出された快感が私の中でうずいている。もっと、……後もうちょっとなのに。
「俊成、君」
 気が付くと小さな声で彼の名前を呼んでいて、彼の動きが止まった。
「なに?」
 その声の色に気が付いて、そっと目を開ける。途端に私の顔をのぞきこんでいる俊成君の表情が飛び込んできた。
「もしかして、意地悪、してる?」
 動きは止まっているのに俊成君が入ったままだから、私の体の中のスイッチも入りっぱなしだ。もどかしい切なさで涙目になる。俊成君はそんな私を見つめると、嬉しそうに微笑んだ。
「意地悪はしてないよ。ただ、あずの欲しがる顔が見たかっただけ」
 やっぱり意地悪だ。
 上目遣いに無言で睨んだら、くすくす笑いながら耳元でささやかれた。
「言ってよ。どうして欲しい? この後どうされたい?」
「やっ……」
 耳に掛かるその吐息にびくついて、体が震える。嫌と首を振ったのに、私の中がうごめいた。
「欲しいところにあたっている? あず、俺に聞かせて。顔を見せて」
 彼の手が私の頬に触れて、固定された。俊成君の視線が私の視線に絡みつく。
 渇望されている。
 それを知って、もう逃げることが出来なくなった。私はゆっくり息を吐いて、自ら真っ直ぐ俊成君を見つめる。
「もっと、……奥に来て。もっと激しく、して」
 言った途端、さっきからその存在を主張する体の最奥の部分が、きゅんと動いた。
「あず」
 満足そうな笑顔で私の名前をささやくと、俊成君の動きが再開される。
「んっ。俊成君、俊成君っ」
 うわごとみたいに、恋人の名前を繰り返す。もう俊成君は容赦をしない。私の事を突き上げてきた。
 高みに上る。私の中の快楽が、膨らんでいく。俊成君に掻き回され、歓喜の波が押し寄せてくる。
「やぁっ、いっちゃう。俊成君、いっちゃうっ」
 声が、言葉が止まらずに訴えていた。
「あず、俺も。……一緒に」
「んっ」
 打ち付けられ、体がのけぞる。でも、待ち構えていた。次の瞬間が来るのを待っていた。
「あ、やぁっ、……あぁーっ」
 体から光があふれるような感覚がして、俊成君のこと、内側からぎゅっと締め付けていた。
「くっ」
 短くつぶやいて、俊成君のが跳ね上がる。断続的に痙攣が続いて、私の体から力が抜けた。

 ゆらゆらと、水の中漂うみたいに体も気持ちもほぐれている。
 さっきまでの高ぶりが、ゆっくりと心地の良い疲労に変わってゆく。
 俊成君が私から離れていき、自分の始末をすると戻ってきた。ぎゅっと抱きしめる代わりに、わざと力を抜いて私にのしかかってくる。
「重い」
 くすくす笑いながら抗議すると、今度は優しく抱きしめ直される。彼の髪の毛をもてあそびながら、満ちてゆく思いをかみ締めていた。
「俊成君」
「ん?」
「愛してる」
「え?」
 自然に湧き出てくる気持ちを言葉にしただけなのに、俊成君は驚いた顔をして固まってしまった。
「嫌?」
「いや、突然だったから。つい」
「さっき自分だって私に言ってくれたのに」
 ちょっとむくれて言い返したら、照れたような、困ったような顔をして目を反らした。さっきまではあんなに強気で私のこと責めていたくせに、なんだか立場が逆転している。つい面白くなってじっと見つめていたら、俊成君は考えるように眉を寄せて、それからそのままの表情で私にささやいた。
「知っているから」
 何を? って反射的に聞き返しそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。
 言わなくても、私が俊成君のことどれだけ好きなのか、愛しているのか分かってくれている。
 そう思えば、まだもう少し続く離れ離れの日々も続けていけそうな気がした。
「私も」
 お返しのようにうなずいて、へへっと笑う。そのままにやけた表情で見つめていたら、彼の表情がさらに困ったようになった。
「だぁ、もうっ」
 急に体を起こし私の事を引っ張り上げると、俊成君が勢い込めて抱きしめてくる。
「もう一つの言葉も言いたくなる」
「え?」
 俊成君の顔が赤い。なのに私を見つめる瞳は真剣で、つられて鼓動が早くなる。なんだか三年半前の、あの冬の公園のときを思い出した。
「戻ってきて、もっと状況が落ち着いてから言おうと思っている言葉があるんだ。ずっと取っておいてる言葉だけれど。あずがそんな顔すると、そういうの全部すっ飛ばして言いたくなる」
「俊成君」
 どくんと心臓の音が響いたような気がした。
「俺と」
 つい俊成君の表情に見入ってしまったけれど、気が付いて、その先を聞くより早く彼の唇を私の唇でふさいでしまった。
「あず……」
 俊成君の目が、驚いたように大きくなる。私はゆっくりと唇を離すと、彼の顔をのぞきこんだ。
「大丈夫。俊成君とした約束は忘れていないから。独りじゃないって、俊成君がいるっていつも思っている」
 寂しいときもいっぱいあって、なんで俊成君が今ここにいないんだろうって思うときもあるけれど、それと同じくらいいつも俊成君の存在を感じている。
「だからね、その言葉、帰ってきてから言って。卒業して就職して、本当にそのときになったら、言って。絶対に「はい」以外は言いたくないから」
 私の言いたいことがきちんと届いたか、確かめるように黙り込んだ。俊成君の目が徐々に細められて、優しい笑顔に変わる。
「今日の俺、情けない姿しか晒していない気がする」
 その言葉に笑いながら、そっと俊成君を抱きしめた。
「いいよ、晒して」
 だって、そういうのひっくるめて俊成君のこと、好きなんだもの。
 さすがにそこまでは言えなくて、彼の胸に顔をうずめた。いつの間にか抱きしめたはずの私の体が抱きしめられて、あやされるように揺れている。
 多分、私が今言わないでいる気持ちも、俊成君なら分かってくれる。だからまた分からなくなったとき、悩んで立ち止まってしまうときまで、言わないで取っておこう。
「あず」
「ん?」
 もう一回。と誘うようにキスをされ、私は素直に身をゆだねた。

 これからもずっと、一緒の時間を過ごしていこう。
 心の中で、俊成君に語りかけた。

- 終わり -