二人の会話

第三部  二人の会話


その九


 服を一枚脱がすたびにキスをしてくる俊成君のお陰で、下着だけになったときにはすでに私の力は抜けていた。ブラジャーとショーツだけの格好で、ベッドの上でぺたりと力なく正座している。俊成君はそこまで私を脱がすと、自分も手早く脱ぎだした。上半身があらわになって、彼の引き締まった体がストーブの灯りにぼんやりと浮かび上がる。
 ついこの間まで受験生だったとはいえ、さすがにバスケ部で鍛えていた体は衰えていない。今からあの体に抱かれると思うと正視できなくて、私は慌てて目を反らした。
「寒くない?」
 頭上から声がしたかと思うと、布団を掛けられた。あっと思うまもなく俊成君も潜り込んで、二人一緒にくるまれる。
「鳥肌立ってる」
 くすくすと笑いながら抱きしめてくる。
「や、あん」
 俊成君の素肌の感触とか、抱きしめられた腕の力強さに刺激され、気が付くと声が漏れていた。
 鼻にかかった、高い声。自分の口からそんなものが漏れると思わず、一気に羞恥が増した。なんて声出しているんだろう、私。
 戸惑う私とは反対に俊成君はまた小さく笑って、私の頬に、まぶたに、顔中のいたるところにキスの雨を降らす。背中に回された手がそっと背筋をなぞって、私の腰が反射的に跳ね上がった。
「あっ、や、俊、俊成君っ」
 顔だけでは飽き足りなかったのか唇が横にすっとずれて、耳の付け根から首筋にかけてを辿られた。
 俊成君が触れる部分、細胞のひとつひとつが立ち上がるみたいに鋭敏になって感じてしまう。こんな、こんな気持ちよすぎたら、どうかなってしまう。
「あずの肌、気持ちいい」
 指先だけを使って背中をなぜていた俊成君が、ため息混じりにつぶやいた。
「なめらかで、柔らかい」
 そういって首の付け根に顔をうずめると、今度は爪の背で私の肌を撫で上げる。
「はぁっ、あっ、ん」
 息が上がって、まともに返事なんて出来なかった。俊成君の指はさっきから背中に回るだけで、体の正面には触れていない。私の胸に当たるのは彼の胸板だけだ。なのにずっと体は火照って、腰の辺りがうずいていた。胸が、乳房が徐々に張っていくのが分かる。みぞおちの辺り、まるでジェットコースターで上り詰めるみたいに浮き上がる感覚があった。体が、触れられるだけで変わってゆく。神経が焼ききれそうだった。
「俊成君」
 体だけが突っ走ってゆく。戸惑いは心細さとなって、救いを求めるように目の前の人に呼びかけた。俊成君はそれに応えるようにおでこに、鼻の頭に、唇にキスをする。不思議なことに、たったこれだけのことで私の心は満ち足りて、素直に快楽の波に飲み込まれてしまった。
 俊成君はちょっとの間私の唇をもてあそぶと、舌先で首筋をたどってゆき、胸元に落ち着いた。
「んっ」
 きゅっと、痛いくらいに肌を吸われ、私の意識が覚醒する。
「なに?」
「マーキング」
 意味が分からず痛みの先を見つめたら、そこには紅く浮かんだキスの名残があった。
「俺のモノだから。一生離さない」
 その言葉にはっとして、俊成君を見つめる。
 なんだかちょっと我がままな子供の宣言に似てなくもない。けれど意志の強さに引き込まれ、ぞくりとする。俊成君の目元の辺りはほんのり紅くて、妙に色っぽかった。私とは違う性の、男というものを嫌でも感じさせるくせに、こんな色気があるなんて反則だ。
 思わず見とれてしまったら、急に荒々しく噛み付かれるような勢いでキスされた。
「や、な、なに?」
「あず。その目、煽っている」
 短く言われ、口内に舌が潜入する。蹂躙する舌に翻弄されていたら、胸に刺激が来た。
「やっ、あっ」
 俊成君の手で、もみしだかれる。その手の力の強さに、その動きの余裕のなさに、本能的に怯えが走った。
「俊成君!……痛い」
 小さく抗議をしたら、俊成君の体が震えた。
「ごめん」
 落ち着かせるように息を吐いて、おでことおでこをこすり合わせる。
「加減が分からなくなるから。辛くなったら言って」
「うん」
 彼の髪に手を差し入れて、あやすように抱きしめてうなずいた。ずっと俊成君に翻弄されてばかりだけれど、俊成君だって冷静って訳じゃないんだ。なんだかちょっと立ち止まることが出来て一息ついた。
 でも、その考えは間違っていたみたいだ。
「ん、あ、あの、俊成君?」
「ん?」
 恐る恐る呼びかけて、甘い声で返されて、それ以上言えずに黙ってしまう。あの、手が、手がいやらしいんですけど。
 やわやわと、繊細な動きで胸を揉まれ、私の息がまたもや上がってきた。決して強くはないんだけれど、圧倒的な力を感じさせる手の動き。ゆっくりと人差し指が頂点をなぞり、すでにそこが立ち上がっている事を自覚させられる。布越しの感触は適度な刺激となって、私の体を火照らせた。
「んっ、くっ、あ、あ、俊成、君」
 どうしよう、どんどんと気持ちよくなってしまう。
 まるで陸に上がった魚のように、浅い呼吸を繰り返す。その度に、意味の通じない言葉が漏れた。
「や、あっ、いや」
「嫌?」
 俊成君は聞きながら、胸元に口付ける。いつの間にブラジャーの肩紐をすべり落とすと、中途半端にさらけ出された胸の頂をゆっくりとくわえ込んだ。
「や、ああっ」
 唇で挟み込まれた頂に、舌の湿ってざらりとした感触が絡みつく。この刺激のあまりの良さに、体中に電気が走ったようにびくびくとした。
 直接受ける皮膚の刺激に、先ほどの口内での舌の動きを思い出す。あんなふうに蹂躙した俊成君の舌が、今は胸の頂を同じように攻めている。そう考えたら余計に気持ち良さは増して、腰が跳ね上がった。
 恥ずかしい。
 俊成君から与えられる刺激だけじゃなく、そんなことまで考える自分のいやらしさに恥ずかしくなって、思わず顔を手で覆う。
「なんで隠すの」
 そっと、でも私が押し返したところでびくともしない確かさで、俊成君は私の手首を掴んで枕元に縫いとめた。
「恥ずかしい。やだ、見ないで」
 顔を背けて枕に顔をうずめる。俊成君はそんな私の顔を両手で挟み込むと、ゆっくりと自分に向けた。
「言っただろ? あずの顔見せてって。あずが恥ずかしいって思う全部、俺の望んでいることだから」
 だから、全部見せて。
 最後の言葉は耳元で囁かれ、それに反応して私の体が震えた。俊成君は小さくくすりと笑うと、後ろに手を回してブラジャーのホックを外す。あっと思うまもなく肩紐も腕から抜かれ、私の上半身は俊成君の目にさらされた。
「あず、きれいだ」
 その声の熱に、私の体温も上がったような気がした。俊成君は指先だけで体のラインをなぞると、そっとまた、胸の頂に口付ける。
「ん、ああっ……」
 もう抵抗も出来なくて、素直に快楽に身をゆだねる。とっくに硬くしこっていた右胸の先端は、俊成君の舌に左右交互に舐め押し倒された。左側の先端も、つまみ上げられこねくりまわされる。その痛みと紙一重の直接的な刺激にじっとしていられなくて、腰が揺れた。俊成君はそんな私をなだめるように空いた手をゆっくり撫で下ろすと、太ももに忍び込む。
「はぁっ。やんっ。ああ」
 感触を確かめるように肌をなぞり、ゆっくりと腿の付け根に向かって上ってゆく。そっとショーツのラインをたどって、手のひら全部で包むように私の中心に到達した。
「やあっ、あんっ、駄目」
 びくんと思い切り腰が跳ねた。
「あず。無茶苦茶、可愛い」
 ため息混じりにそういって、指が何度も円を描く。その度に私の体はびくびくとして、止まらなくなっていった。熱が高まってくる。なんだろう、どんどんと感覚が研ぎ澄まされて、快楽が私の体から膨張してきているみたいだ。
「俊成君。や、どうしよう、俊成君っ」
 俊成君の与える刺激に反応して、体の内側からせつないうずきがあふれでる。無意識のうちに腰は彼の手を追い求めるように浮き上がって、自らを押し付けていた。俊成君はふいに円を描く事を止めると、そっとショーツを下ろし、指を溝に沿わせてきた。
「まだ直接触ってなかったのに」
「あ。やだ、やだ、俊成君」
 くちゅ、という水音がして私は自分の体の状態を知った。俊成君は喉元だけで笑うと、そのまますっと指を上にずらし、小さな芽を刺激する。
「やあぁっ」
 まるで剥き出しの神経を、じかに触られているみたい。声が一段と高くなってしまう。
 なぞられて、そこがぷっくりと勃っていることに気付かされた。その感触は俊成君にも伝わったらしく、すぐに指の動きはその芽を標的にするものに代わってゆく。
「もっと気持ちよくなろう。やらしい顔見せてよ、あず」
 キスをして、左腕で抱え込まれて、そして右手で中心をいじられた。ショーツ越しにされたのと同じように指はゆっくりと動くけれど、今度はぬるぬるとした感触が伴って、より私の興奮が高まってくる。
 俊成君はあふれてくるぬめりをすくうように入り口をなぞると、私の芽にそれを擦り付けた。襞を掻き分け広げるように、指を左右に振る。好きなように動かされ、そのすべてが気持ちよかった。
「んっ、ああ、はぁっ」
 次第に指の動きが早くなって、強弱をつけて小刻みに刺激された。時々指の腹で芽を押しつぶすように力をかけられ、その度、快楽が体中を駆け巡る。
 腰の振りが止まらない。気持ちいい。俊成君のいじるその部分のことしか考えられなくなって、どんどんと感覚が鋭敏になってゆく。いや、どうしよう。気持ちいい。気持ちいい。
 続く刺激にあがらい切れず、一気に高みが押し寄せた。
「や、あーっ」
 私の中の快楽が弾け、電流が駆け抜けた。ぴんと張り詰めていたつま先が、くったりと弛緩する。でも体は時折びくついて、その度にまだ弱い電気が流れているような気になった。
「いっちゃった?」
「え?」
 言葉の意味を理解する前に、俊成君に抱きしめられた。
「あんっ」
 どこが、というのではなく、触れ合った肌の全部が反応して、思わず声が漏れる。俊成君はゆっくりと私から離れると上半身を起こし、私の体を見下ろした。ただお互いの吐息だけが、部屋の中響き渡る。
「……そんな、見ないで」
 直前までの高まりと見られることの羞恥から、全身が上気した。俊成君と共にはがれてしまった上掛けを手繰り寄せようとするけれど、妙に体がふわふわしてしまって動けない。
 俊成君はそっと私の頬をひと撫ですると、ベッドから離れ、机の引き出しからなにかを取り出した。ぴっと袋を破る音がしてしばらくすると、戻ってきて上掛けでくるまれた。
「なに?」
 よく分からなくて聞いたら、またぎゅっと抱きしめられる。
「あずの中に入る準備」
 言われて、初めて何をしていたか理解して、今更ながら顔がほてった。そしてそのときになって、ようやく一つのことに思い当たる。
「俊成君、初めてじゃないんだよね」
「え?」
 ここまでの一連の手馴れた動作で、俊成君が経験者だってことに気が付いた。というか、なんとなくそれ前提で私も接していたんだけれど、実際に言葉に出して確認してしまうとどこかが妙に寂しい。俊成君だけとっくに大人になっていて、なんとなく置いてきぼりをくらった感じだ。本当に今更なんだけれど。
 私だって俊成君の初めての相手になりたかったのにな。
 別にこんなところの経験値で対等になろうと思わなくてもいいはずなのに、ちょっと拗ねていた。独占欲とか、嫉妬心なのかな。でも、具体的に俊成君の過去の相手を想像するともっといやな感情が湧き出してしまいそうなので、そこにはあえて目をつむる。
 そんな色々な感情が渦巻いて、つい黙って俊成君を見ていたら、彼の動きが止まってしまった。あ、これ、心底困っているときのパターンだ。
「俊成君」
 困らせるつもりじゃなかったけれど、そうなってしまったことに反省し、名前を呼んだ。ゆっくりと手を伸ばし、彼の頬に触れる。髪に指を絡め、撫で上げる。自分から触れるという行為に、また鼓動が早くなった。
「あのね、大切にしてくれる?」
 自分から問いかけるというのも最大限に恥ずかしいんだけれど、自分が撒いてしまった種なので仕方ないと開き直る。
「大切にするよ」
 心外な事を言われたといった表情で俊成君が答えた。
「優しく、してくれる?」
「する」
「それなら、ね、……来て」
 小さく、聞こえるか聞こえないか位の声で言ったのに、俊成君には十分伝わったみたいだ。びっくりしたように一瞬だけ目を見開いてからすぐに優しい顔になり、深く息を吐き出して私にゆっくりと覆いかぶさって来た。
「本当に、いい?」
「……うん」
 仕切りなおすみたいにキスされて、優しく胸をいじられた。さっきまでの火照りはすぐに復活して、私の息が上がる。
「はぁ、ああ、ああん、……あっ、やぁ」
 そっと中心に指が伸びて、そこがまた濡れてきていることを確かめられた。俊成君に快楽を教え込まれた体は素直に、次に来る刺激を待ち望む。
「ああっ、やん、やっ、ああ」
 時々芽にかすらせながら、俊成君は入り口を丁寧になぞり始めた。
「あず」
 確かめられるように囁かれ、その声だけで体が反応する。耳たぶをかじられて思わずのけぞると、その隙を突いて指が私の中に入ってきた。
「ん、んー」
 その異物感に眉を寄せる。
「やっぱり、まだ狭い」
 俊成君はそうつぶやいて、私の胸に舌を這わせる。ぴんと立ち上がっている頂を唇で揉みほぐすようにして、刺激が与えられた。びくりと反応するたび、連動するように下の中心に沿わせた指を動かされる。少しずつ指は奥まで入り込み、そして動きを止めた。
「痛い?」
「大、丈夫」
「もうちょっと慣らすから」
「うん」
 不安な気持ちを悟られないように、小さくうなずく。指が一本入っただけなのにものすごい圧迫感を感じていた。こんなんで、本当に俊成君を受け入れることが出来るんだろうか。
「大丈夫。ちゃんと慣らすから」
 安心させるようにもう一度ささやくと俊成君は動きを再開させる。
 くちゅ。
 ぬめった音が響いて、私の腰が反射的に跳ね上がった。
「聞こえた? 今の。あずの音だよ。あずが感じている音」
「や、あ……」
 恥ずかしくって身をよじったけれど、あんないやらしい音を聞いただけで、圧迫感は薄らいで快楽が増していた。
 抱きしめられて、いじられて、私のあえぎ声に呼応するように耳元で聞こえる俊成君の息遣いも荒くなる。くちゅくちゅと絶え間なく水音は聞こえてきて、この三つの音だけでも十分私を興奮させた。気が付くと、指は一本から二本に増えて私の中を出入りしている。
「あず、そろそろ大丈夫か?」
 俊成君の声もさっきよりもずっと艶っぽくなって、高まってきているのが感じられた。
「ん」
 どう大丈夫か分からなかったけれど、彼の望んでいるようにしたくって素直にうなずく。俊成君はまた私にキスすると、指を抜いてそこに自分の体を割り込ませた。
「あ」
 太ももに熱い塊の感触を覚え、反射的に腰が逃げる。頭よりも体が、それが何かを理解していた。
「怖い?」
 動きを止めて、俊成君が静かに聞いた。
「……ちょっと」
 控えめに言うけれど、本当はそのリアルな熱に怯えていた。たとえ好きな人のものであっても、初めて自分の体が受け入れるものには本能的な恐怖が付きまとう。
「大丈夫だよ」
「……うん」
 すがるように俊成君を抱きしめたら、ぎゅっと強く抱きしめ返された。その時俊成君の中心が私に合わさって、彼の欲望を伝えてくる。
「俊成君、熱い……」
 つぶやいたら、ぐりっとそれを押し付けられた。
「あずを抱いているから」
 そう囁いて、私の溝に沿わせて熱の塊を滑り込ませる。
「膝、立てて。その方が楽」
 言われて膝を曲げると、俊成君がゆっくりと私の中に入ってきた。
「ふぅっ、んっ」
 その大きさに圧倒される。自分の体がみしみしと音をたてて、壊れるんじゃないかと思った。
 指で散々いじられて、二本も入るようになっただけでもすごいと思うのに、俊成君のそれは入り口をさらに押し広げ進入する。
「くっ、は、ああっ」
「あず、力抜いて」
 つい歯を食いしばってしまうけれど、なだめるように彼に頬を撫でられた。
「俊成君」
 うっすらと涙のにじんだ目で訴えるように呼びかけると、キスを与えられる。舌が唇をなぞるから、まるで助けを求めるみたいに自分から絡めていった。俊成君はその間も自身を押し進め、入ってくる。
「はぁっ」
 大きな引っ掛かりを乗り越えて、俊成君の動きが止まった。私も唇を離す。気が付けば肩で息をしていた。
「入った?」
 祈るような気持ちでそう聞いたら、俊成君がちょっと苦しそうな表情で答えた。
「入った。でもこれからもっと奥に入るけど、……大丈夫か?」
「うん」
 息を吐き出すみたいにうなずいて、頬を寄せた。痛みだけをいうなら、とっくに参っている。でも、それだけじゃない切羽詰った何かが、自分の身の内で沸き上がっていた。止めないで欲しい。このまま中途半端に、投げ出さないで欲しい。でもその気持ちは俊成君のほうが強かったみたいだ。
 さっきよりも少し余裕を無くした手が私の胸を揉んで、彼の腰が突き出されてゆく。
「あっ、はあっ、あん」
 辛くて普通に呼吸していられないだけなのに、漏れてくる私の声はさっきまでのようなあえぎ声だった。苦しいのと気持ちいいのとは全然違うはずなのに、私の中のスイッチは入りっぱなしだから、自分の声でまた少しずつ興奮してくる。眉を寄せ真剣な顔をしている俊成君をこっそり見つめ、その色気にもぞくっとした。
「んっ、くぅ」
 小刻みにゆっくりと進入してくるそれがふいに大きく突き出され、一瞬の痛みと共にぐいっと奥まで入り込んだ。
「……入った」
 荒い息と共にささやかれ、抱きしめられる。
「うっ、ん……」
 苦しくて、痛いけど、じんわりと柔らかい気分になった。俊成君が私の中に入っているって思うと、体の気持ち良さとは違う、なにか暖かいものが胸の奥からにじんでくる。
 全部入ったときの痛みでぎゅっと目をつむっていたけれど、ゆっくりと目を開けた。俊成君の肩とそれ越しに天井を見ながら、なるべく楽になろうと息を吐く。
「辛そう」
 ふいに顔をのぞきこまれ、そう言われた。
「大丈夫だよ」
 ちょっと意地を張って、即答してしまう。確かに今、快感を得ているかって聞かれたらそれは無い。でも、快感とは違う充実感があるから、俊成君が気にしなくていいんだよ。
「それに」
 ぽろっと口から言葉が出て、私は慌てた。
「ん? なに」
「あー、なんでもない」
 告げる気が無い言葉だったので、焦って打ち消す。ここまで来て今更なのかもしれないけれど、やっぱり口に出すと恥ずかしい言葉っていうのもあるんだ。
「なんだよ」
 でも俊成君は気になるみたいで、逃げないようにと私の頬を両手で固定し、真正面からじっと見つめてきた。
「言って」
 素っ気ない口調だけど、瞳が返事を求めている。しばらく黙って対抗してみたけれど、結局根負けしてしまった。
「俊成君だから耐えられる、って思っただけ。他の人とじゃなくて俊成君とで良かったな、って」
 言ってから、こらえきれずに瞳を反らしてしまった。その人を目の前にして、あなただから良いのって言うのって、こんなに恥ずかしいと思わなかった。ドラマではよくあるのにいざ自分がやると、無茶苦茶高いハードルをなんとか飛越えたような気分になる。どんどんと顔が火照ってうつむいたら、下腹部からずんとうごめくような振動がした。
「うっ。と、俊成君?」
 慌ててたずねるけれど、俊成君はそれには答えてくれなかった。かわりにおでことおでこを重ね合わせ、ぐりぐりとこすり付けてキスをされ、最後にぎゅっと抱きしめられる。
 嵐に翻弄されるみたいにそこまでされて、訳が分からず俊成君を見つめてしまった。途端に瞳がかち合って、もう外すことが出来なくなってしまう。
「自分がなに言ってるか、分かってる? あず」
「え?」
 俊成君の表情が怖いくらいに真剣で、どきりとする。なぜか体も反応して、とろっとあそこからあふれてくる感触がした。
「んっ」
「……ごめん。俺、もう止まんないから」
 そう言うと私の肩に固定するように顔をうずめ、俊成君は腰を動かしだした。
「はぁっ、あ、俊成君」
 最初はゆっくりと動かされ、それでも痛みに顔をしかめた。入り口を押し広げられている痛みと内部を圧迫する苦しさと、二つに責められて上手く息が出来ない。
 でも、俊成君の動きに呼吸を合わせるうち、少しずつ苦痛だけではない何かが生まれてきた。真っ暗闇の中、薄ぼんやりと差し込む明かりのような、ひどくもどかしいのだけれど確実に広がってゆく何か。
「あず」
 熱っぽくささやかれて、夢中でキスをかわす。光に手を伸ばすように俊成君を抱きしめると、さらに強く抱きしめ返された。いつのまに湿った音と打ち付ける音が大きくなり、どんどんと腰の動きは加速され、吐息が荒くなる。
「ゃあ、あっ、はぁっ、俊成君、俊成君っ」
「あずっ、……っう」
 小さくうめき声が聞こえ、一瞬動きが止まった。びくんびくんと私の中で俊成君のものが跳ね上がり、それから遅れて俊成君の体から力が抜ける。けれど時々ゆっくりと、余韻を楽しむように腰が動いていた。さっきの、指で初めていってしまった私みたいだ。
 はぁはぁと息を整えながら、無意識のうちに俊成君の髪の毛を指で梳いていた。受け止めるだけだったのに、まるで全力疾走をした後のようだった。
 それからしばらく二人、ただ黙ってじっとしていた。でもほどなくして、俊成君がゆっくりと動いて私の中から去っていく。初めてこじ開けられた痛みはぼうっと続いているけれど、体が離れてしまったことがひどく寂しい。
「俊成君」
 自分の始末をつけ、すぐに戻ってきた彼に手を差し出して呼びかけた。
「ん?」
「ぎゅって、して」
 疲れてしまったせいか、ちょっと舌足らずのしゃべり方になっている。甘えているなぁって自分でも思うけれど、今更意地を張る気も無い。俊成君は柔らかく微笑むと、望みどおりぎゅっと抱きしめてくれた。
 さっきまでいっぱい快楽を与えてくれて、それはそれで自分にとって大切なことなんだけれど、この抱擁が一番好きかも知れない。何よりも、俊成君に包まれていることが実感できる。
「あと、始末しなくちゃな」
「……うん」
 初めてだった私をいたわる様にそっと言ってくれるのだけれど、まだ動きたくなくて曖昧にうなずいた。
「温泉入っているみたい」
 無意識のうちにつぶやくと、鼻をつままれた。
「痛いよ」
「一人で落ち着くな」
 抗議したら言い返されて、逆に俊成君が私の肩に顔をうずめてきた。彼の髪の毛が頬を掠めるのが、心地よい。
 このままずっと、こうしていたいな。
 俊成君の頭を抱きかかえ、髪の毛を指ですくってもて遊ぶ。自然に口元がにやけてきてしまった。へへって間抜けな笑いをした途端、俊成君がため息をつきながら顔を上げる。
「やっぱり離れたくない。ずっと一緒にいたい」
 ふてくされた子供みたいな表情に、一瞬黙ってまじまじと見つめてしまう。
「我がまま、言ってる」
 自分だって同じこと思っていたくせに、妙に冷静になって言い返してしまった。俊成君はう、ってつまった顔をして、こちらを見る。その表情がやっぱりまだ子供みたいで、優しい気持ちがにじむように浮かんできた。今度は私が息を吐き出し、力を抜く。
「でも、……いいよ。待っている。離れていても、傍にいる。俊成君と同じだよ。私もずっと俊成君の傍にいたいから」
 よく考えるとあんまり意味の通っていない言葉だけれど、公園にいたときよりもずっとずっと、楽な気持ちでそういえた。とても素直になっている。素直になったついでに、またにやけた笑いをしてしまった。もうどんな顔していようと、いいやって思えた。
「やっぱり、あずがいい」
 目を細めて、ゆっくりと頬を撫でながらつぶやくから、私も俊成君の瞳を見つめて腕を伸ばす。
「私も、俊成君がいい」
 顔が間近に迫ってきて、柔らかいキスが落とされる。宙に浮いた私の腕は彼のうなじに巻きついて、そして最後はまた抱きしめる形となった。
 本当。私、俊成君のことが好きだ。
 幸せな気持ちで、そうはっきりと思った。